朝顔日記

音楽の話しその4

2003-01-15

その3の続きです。

京大西部講堂

HF に出たり、バイトしたりするうちにどんどん色々な人と知り合い、色々な人とセッションすることも増えました。他の人が見たら変なことでも思い付いたら片端からやっていましたね。サックスだけ 10 人くらいで、即興演奏したらどうなるかとか。踊りを踊ってみたらどうかとか。(w

おかげで、色々な企画にもスタッフとして参加することも出来、面白いパフォーマンスをたくさんタダでまじかに見ることも出来ました。あるいは、混ぜてもらったりとか。

最もたくさんの人が観る中で演奏したのは、多分京大の西部講堂で行われた企画でしょうか。タイトルは忘れましたが、何百人もお客さんがいました。たくさんのパフォーマーが交代で出て、24時間くらいぶっ続けでやり続けるみたいな企画でなかったはなかったかな。

名古屋の仲間数人と高速バスで京都へ行ったような記憶があります。その時初めて西部講堂を見てびっくりしたのを覚えています。だってまわりはゴミだらけだし、瓦の屋根がペンキで黄色かったんだもの。(w

あの時は、ギターで参加しました。1 回目は、舞踏家の人といっしょに ( ) りました。その舞踏家は真っ裸で踊るというか、くねるんですけど、私が地べたに座り込んでギターを弾いている目の前に汚い(失礼)尻を向けるものだから、顔を上げることが出来ず、終始うつむいて演奏したような記憶があります。えらいもん見せられてしまいました。(w

2 回目は、名古屋からいっしょに行った戸田君(ギター)と、ガイさん(ベース)、それになんとかという有名なバンド(非常階段だったかも)の人が本職でないドラムを叩いて、私もギターを弾きました。演奏内容とかは、全然覚えていないですね。

仙人のような風貌の竹田賢一さん(大正琴奏者)にあったのもあの時が初めてだったかも。もっとも向こうは私のことなど覚えちゃいないでしょうけども。(w

組み合わせとかは適当で、さっきの演奏おもしろかったね、次はいっしょにやろう くらいの軽いノリで、たくさんのパフォーマンスに触れたり、混ぜてもらったりと楽しいイベントでした。

その5へ続く)

おまけ画像(撮影者不詳)
西部講堂で演奏しているところ。手前からガイさん、私、戸田君(約16KB)

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